Farmers

Mar 2016
Interview 01

生き方としての農業 (1/2)

生業だけど、生活。そして自然と向き合う日々。

ナチュラリズムファーム代表 大皿一寿さん・純子さんご夫婦 / Morning Dew Farm代表 中野信吾さん・真惟子さんご夫婦

大きく分けて神戸市の1/3は都市部、もう1/3は山、最後の1/3は農村地域から出来ていることをご存知だろうか。街から車を走らせれば30分程度で農村に着いてしまう。消費地と近いことから、消費者との間にはつながりもつくりやすい。農家は新鮮な野菜を街の人に届けやすい環境にあるのだ。

農家という選択

— どうして農家になったのですか?

大皿(夫)

うちはもともと実家が農家だったのですが、父親は公務員をしながらお米だけをつくる兼業農家でした。父も継ぐことを望んでいたわけでもなかったので、僕は以前はサラリーマンで、42歳になるまで農家ではありませんでした。

会社員を辞めた後、リサイクルショップに勤めていたのですが、あるときアルバイトの若い子たちの体調面が不安定なのが気になりました。毎日ジャンクフードばかり食べているのを見ていて、原因は「食」なんじゃないかと。そして調べ始めたところ、農産物の生産というところに行き着きました。 そしてよくよく考えてみたら、「俺、実は農家じゃないか」と。そこでリサイクルショップの仕事をしながら農業をしようと勉強し始めたのがきっかけです。また、どうせなら化学肥料を使わないで野菜をつくりたかったので最初から有機農法で始めました。

本格的に農家になろうと思い立ったのは40歳のときですが、実際に就農したのは42歳から。兼業を止めて農業一本になったのは2012年からなので、まだ3年前ですね。

— 有機農法はどうやって学びましたか?

大皿(夫)

最初、ひょうご就農支援センターに行き「有機農業で始めたいのですが……」と相談したときは、「初心者が農薬なしで野菜をつくるのは難しいと思いますよ」と言われてしまいました。 しかし、その後自分で有機農法をされている農家さんを見つけ、直接教わることができました。結果的に、最初からずっと有機農法で野菜をつくっているので、農薬を使わないで野菜をつくることは自然なことというのが私たちの実感です。

— 中野さんはどうして農家を志したのですか?

中野(夫)

僕は以前はカメラマンとして働いていました。しかし、神戸の震災があって仕事に対する考え方が一変しました。商業写真が専門だったのですが、震災以後、消費を促すための写真の仕事を続けることが精神的に難しくなってしまいました。それから環境問題に関心が強くなり、海外に住んだり。その流れで自然農(注)に出会いました。自給自足生活を始めて11年、新規就農の届けを出してから3年になります。

有機農法と自然農法

— 自然農とはどういうものなんですか?

中野(夫)

自然農の考え方はさまざまですが、自分の場合は川口由一さん(注)から教わったことを受け継いで実践しています。基本的な原則は「耕さない」、「草や虫を敵としない」「農薬、化学肥料などを用いない」の3つです。自然環境に寄り添い、出来るだけ負荷をかけないことを旨としているので、ビニールハウス内を石油燃料で加温したり、といったこともしませんね。

(注)自然農……自然に負荷をかけないことを第一にした農法。その手法は実践者ごとに少しずつ異なる。

— 耕さないで、うまく育つんですか?

中野

耕さないことで本来そこにある野山と同じような生態系ができ、それによって元気な野菜ができあがります。もちろん肥料をバッとあげれば野菜はできるし、大きくもなるし見映えも良くなる。また栽培期間も短くでき、回転率も良くなるから利益にもつながりやすいでしょう。 けれど、私たちの一番の目的は「健康な野菜をつくること」です。いかに植物を自然な姿で育ててあげるかに重きを置いています。その分、自然や野菜の様子を細かに見る技術は求められます。また10年やってきて失敗もそれなりに重ねてきています。

農作業で「子育て」

— 旦那さんが農業を始めることに対してはどう思いました?

大皿(妻)

お店で働いているアルバイトの子たちに健康的な野菜を食べさせたいという夫の考え自体には賛成でしたけど、夫は店を経営しながらの両立だったので、実際のところ週の半分、ときにはそれ以上も畑に出られないことが多くて、結果的にその間面倒を見るのは私でした。 でも私、虫が駄目なんですよ(笑)。虫が嫌いで農家になれるんですかってよく言われるんですが、でもだからといってほったらかしには出来ない。だから頑張って世話をしていました。でも、やはり実がなったら嬉しい。そこが始まりでしたね。実がなったら今度は収穫もしなきゃと。そんな感じで続けてきて、気づいたらいつの間にか、6年が経っていました。

— 大皿家は、ふたりのお子さんがいらっしゃいます。農業の仕事になって、お子さんたちはどうだったのでしょうか。

大皿(妻)

今、上の息子が高校3年生で下の娘が中学2年生なんですが、畑を始めたときは中1と小3で、夫がお店で忙しくて家に戻れないときはよく収穫を手伝ってもらっていました。 うちは少量多品種で、現在40品目くらい作っているのですが、昔、子どもたちにベビーリーフの収穫をお願いしたら雑草みたいに引っこ抜かれて大変なことになってしまったことがありました(笑) でも振り返ると、そんな風に一緒に作業したことも我が家における子育ての一部だった気がします。農作業を通して子どもたちと一緒に居られたかな。今は下の娘も大きくなって、「畑手伝って」と頼んでもスマホをずっと触りながら「無理」って言葉が返ってきますけどね(笑)

— 高校生の息子さんはEAT LOCAL KOBEのファーマーズマーケットでお手伝いされていたということですが。

大皿(妻)

自分たちでつくったものをお客さんに直接売って、それでお金を得ることの面白さを、息子はファーマーズマーケットを手伝うことで感じているようです。事実、楽しいと言います。「畑は手伝わないけど、ファーマーズマーケットは面白いから手伝う」って(笑)。 今はなんでもお金を出せば手に入る。しかも何がどうやって出来ていて、誰がつくっているかも知らないままに行われている。でもこの仕事は、どうやってお金をいただいて、どんな人が買って、というのが目に見えるのがいいところ。だから、ファーマーズマーケットを手伝ってもらっているのも、間接的に我が家の子育てになっているかもしれません。