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Apr 2017
Column

環境を生かす探求

山羊とハーブと、都市で暮らす。

神戸市兵庫区。戦前から高度経済成長の時代にかけて、神戸の経済を支えてきた地域。現在、神戸の中心と言えば三宮・元町がよく知られているが、そこと隣接していて、自転車で10~15分ほどで行ける距離にある。

また、昭和の渋い建物が残っており、規格化された街並みとは一味違う光景が広がっている。古くから続く地域に密着した個人商店も多い。神戸の中心街へもすぐという利便性がありながら手ごろな価格の不動産が多いということも魅力である。何と言っても何かを自分たちで再創造できる「余白」感に満ちている。

そして事実、この街のポテンシャルを嗅ぎ取ったかのごとく、独自の世界観を持った若い人たちが住みついたり、制作や事業の場所を借りたりして、それぞれの活動を始めている。

川崎重工を始めとした重工業の倉庫や造船所が今も立ち並ぶ東川崎町や和田岬。かつて神戸一の繁華街・映画館街として賑わった新開地。昔は神戸市電の始発・終電駅だったことから商店街の活気があった下三条町。それぞれ在りし日の面影を味わいとして残しながら、新しい血が少しずつそこに混じり出している。

前回のコラムでは新開地辺りに集まってきている人々を紹介した。 今回はもう少し山側、神戸の街を見下ろす兵庫区清水町の、丘の上の一軒家でハーブの研究をしながら山羊と暮らす「山羊研究家」のもとを訪ねた。

神戸に行き着くまで

本名・塚原正也(つかはらせいや)。「山羊さん」の名で呼ばれるゆえんは、山羊にかけては人一倍詳しい山羊研究家であるから。屋号も「山羊堂」。今から6年前にこの場所に越してきて山羊と共に暮らしている。

平日は街中のお店に勤めて生計を立てているが、週末になると三宮の東遊園地で毎週開催されているファーマーズ・マーケットで、自分で育てたフレッシュハーブを販売している。その様子はどこか求道者のようでも、またアーティストのようにも見える。

この人は、何者なのだろう。なぜ山羊と暮らし、ハーブを育てているのか。

— ここへ来る前は何をされていたのですか?

塚原

出身は兵庫県西宮市なのですが、20代のときに結婚して北海道に移り住みました。最初は林業の仕事に就きたいと思ったのですが、成り行きから札幌市郊外のとある町の農家で働くことになりました。 しかし、野菜を育てるのに農薬を大量に使わなければいけないのを見て、「そういうものなのだろうか」と疑問を持つようになりました。否定するというわけではないのですが、農の方法にも興味が湧いて探求していったんです。

それでいろんな人と会ったりしているうちに、新得町トムラウシという十勝平野の上の高山地域の町で、大牧場を持っているオーナーと知り合い、そこで今度は畜産を学びながら暮らすことになって。その当時は3000頭の牛の世話を毎日していましたね。新得町は湧き水が信じられないくらい綺麗で、ずっと暮らしたいと思っていました。もっとも、1キロ四方には僕ら以外誰も住んでいないような僻地で、近所のスーパーへ買い物に行くのにも100キロ車で走らなければいけないような場所でしたが。

探求を続ける

— 興味を持ったことを探究してしまう。それで、人とのつながりから「農」と「畜産」に出会ったと。「山羊研究家」とはあまり耳慣れないですが、山羊に興味を持ったきっかけを教えていただけますか。

塚原

素晴らしい自然環境の中であっても、野生本来の姿に比べると畜産の牛たちは、ちょっとした病気でも死んでしまう。それくらい品種としては弱くなってしまっていることに思うところがありました。 そんなとき行き着いたのが山羊だったのです。山羊はそんなに薬を打たなくても生きていける。餌も人工的に配合されたものをあげなくて良い。 そう閃いてからというもの、近隣の山羊の牧場に見学に行ったり、山羊のミルクを生まれて初めて飲んでみたりしていました。

— 各地を周って山羊のことを探究していったとか。

塚原

ええ。30歳で急遽北海道の牧場を辞して本州へ戻らざるを得なくなってからも、山羊のことは調べ続けていて。本も一通り読んだのですが、もっと知りたいという気持ちが強くなって長野県へ移り住みました。全国で唯一、戦前から山羊の研究をしている国立の施設があるんです。そこで1か月間勉強をし、人口受精士の資格も取得しました。 その後は、日本でも数少ない、山羊の乳製品を専門に製造する京都の牧場に勤め、山羊のチーズをつくる仕事をしていました。

山羊とハーブ

— 今住んでいらっしゃる兵庫区の一軒家でも山羊を飼っていらっしゃいますね。

塚原

本当はこの場所では飼うつもりは全然なかったのです。住宅地ですから、迷惑がかかることだって当然ありえます。ただ、ご縁があって「ちょっと調子が悪いから見てくれと飼い主さんから言われて面倒を見た山羊が、その次に会ったとき病気になってもう立てなくなってしまっていて。そうなると通常だと処分されてしまうことが多いのですが、無関係でもないし出来る限りのことをしてやろうと今の家に引き取ったんです。 そうしたら、近所の、特にお年寄りの方々が山羊のことを好いてくれまして……。

結局その子は半年して亡くなってしまったのですが、近所の方たちは「山羊、飼うたらいいやん」と。僕はむやみに山羊を飼うことはおすすめしませんが、結果的に今もやはり似た経緯で引き取った山羊の面倒をみています。

— 山羊と暮らしながら、自らハーブも育て販売していますよね。

塚原

ハーブを扱うことになった直接のきっかけは、うちの隣りにある畑を世話していた近所のおじいさんが体調を崩してできなくなってしまい、後を任せたいと相談され引き受けたことです。ハーブにしたのは、その方が他の野菜よりもどちらかと言えば原種に近いものとして育てることができると思ったからです。 スーパーで売っているハーブって、水と肥料を豊富に加えて育てて収穫して、というのを繰り返しているような、そんな形をしているなと。でも、そのハーブは自然にある状態だと本当にそんな姿なのかなと。スーパーで売っているルッコラと僕が実際育ててみたものだと全然違うものになるんです。もっと暴れたような姿。ファーマーズ・マーケットでお客さんに売っていても、よく「これ、食べれるやつなんですか」って聞かれます(笑)

— 都会の真ん中で山羊を飼い、暴れた姿のハーブを育てている(笑)

塚原

田舎で、黒い土で、肥料をいっぱいやって、というのでなくても畑作はできるんです。例えば、土に栄養分がないから育たないと言う。じゃあその栄養分はどこから来るの?と言えば、僕らの足元にもカビやら粘菌やら虫やらいっぱい住んでいます。そのときに必要なものを少しだけ足したり、引いたり、そういうことで土は動き出す。実際、僕の家の玄関前のちょっと掘ったら黒い土でなく造成した赤い土が出て来るようなところでも、ハーブを収獲できていたりします。ちゃんと観察しながら必要な分手をかけてあげれば……。

手入れすること=育て、守ること

— この辺りには、もう誰の土地かわからなくなってしまっていたり、今ここにいない人の土地で管理がほとんどされていなかったり、そういう土地も結構ありますね。

塚原

ええ。手入れがされてないために伸び放題になった竹が風で近隣の空き家の瓦にあたって割れたりといった出来事がありました。また、それまでとてもきちんと草刈りされていた近所の土地だったのが持ち主の方が体を悪くして入院されたために蔓が伸びて草がぼうぼうになっているケースなども。本当はこういう場所もみんな手入れ次第ですから、近所の人たちが思い思いにそういうところで野菜をつくれたらいいのに。作り方さえちょっと教わればそういうことを楽しみにされる方って、実はいっぱいいるのではないかって思うんですよ。 僕がやっているような、耕さないでも育てられる作物というのもありますしね。

取材・執筆=安田洋平 撮影=片岡杏子 (冒頭の2枚のみ異なる。撮影=藤田 育) 収録=塚原さんのご自宅周辺にて 2017年2月18日 (文中のEAT LOCAL KOBE FARMERS MARKETは2016年開催時の様子)